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東京地方裁判所 昭和47年(行ク)47号 決定

申立人 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 庄司宏

同 青山敦子

被申立人 東京都立大学総長 団勝磨

右訴訟代理人弁護士 佐伯静治

同 藤本正

同 吉川基道

同 大竹秀達

同 佐伯仁

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  申立人の申立ての趣旨および理由

(一)  申立ての趣旨

被申立人が申立人に対し昭和四七年七月二四日にした退学処分の効力は、本案判決確定に至るまで停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

(二)  申立ての理由

(1)  申立人は昭和四五年四月東京都立大学経済学部経済学科に入学し、昭和四七年七月当時二学年に在籍していたが、同月二四日被申立人から退学処分を受けた(以下、本件退学処分という。)。

(2)  しかしながら、本件退学処分は次に述べるとおり違法である。

(ア) 本件退学処分の処分説明書によれば、申立人は昭和四六年九月一〇日東京都立大学目黒キャンパスにおいて素手でまったく抵抗していなかった経済学部学生乙山二郎に対し竹竿を突きつけ、右眼失明の重傷を負わせた(以下、本件事故という。)のみならず、現在に至るまでまったく反省の色が見受けられないが、これは東京都立大学学則(以下、本件学則という。)七四条四号にいう「本学の秩序を乱し、その他学生としての本分に反した者」に該当するとしている。

しかしながら、本件事故はまったく偶発的突発的に発生したものであって、申立人にその責任を問うことは許されず、申立人の行為は本件学則七四条四号に該当するものではない。

(イ) 仮にそうでないとしても、本件退学処分は裁量権の範囲を逸脱した違法なものである。

東京都立大学においては、昭和四六年六月以来、大学当局といわゆる全共闘系学生とが対立抗争状態にあり、また、学生間においてはいわゆる民青系の学生自治会執行部と全共闘系学生とが対立抗争状態にある。申立人は全共闘系の一員であり、乙山二郎は学生自治会の元執行委員長であった。したがって、本件退学処分は、対立抗争する一方当事者が他方に対し、あるいは、対立抗争する一方の学生に加担して他方に対し懲戒権を行使したものであり、それは懲戒権の基盤が崩壊している状況において、しかも全共闘系学生を不平等に扱ったものである。さらに、本件事故につき申立人は傷害罪で起訴されたが、現在公判継続中であるから、被申立人としては刑事裁判の終結をまって懲戒権を行使すべきである。また、被申立人は申立人に対し十分な弁明の手段および機会を与えずに本件退学処分に及んだ。したがって、本件退学処分は裁量権の範囲をこえた違法なものである。

(3)  そこで、申立人は本件退学処分の取消しを求める訴えを提起したが、本案判決の確定までには日時を要し、その間申立人は授業を受け、学内施設を利用する権利を奪われたままとなり、その損害は学生である申立人にとって重大であるのみならず、授業出席日数が不足し、昭和四八年一月実施の学年末試験を受験できないときは留年を余儀なくさせられ、申立人および家族ははかりしれない精神的経済的苦痛を被り、回復困難な損害が生ずることになる。したがって、本案判決確定に至るまで本件退学処分の効力の停止を求める緊急の必要がある。

二  被申立人の意見

(一)  申立人の申立ての理由(1)の事実は認める。

(二)  本件は回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合にあたらない。

申立人は、本件退学処分によって生ずる回復困難な損害として、授業を受け、学内施設を利用する権利を奪われること、授業出席日数が不足し学年末試験を受験できないときは留年を余儀なくされることを挙げている。しかし、申立人は昭和四五年四月東京都立大学に入学し、本件事故当時経済学部二年生であったが、その後留年したため本件退学処分当時もなお二年生にとどまっていたものである。したがって、申立人の場合には、就職等を間近に控えた四年生の場合などと異なり、申立人主張のような事実の発生のみではいまだ回復困難な損害にあたらないというべきである。

(三)  本件は本案について理由がないとみえる場合にあたる。

すなわち、申立人は、昭和四六年九月一〇日午後二時半ごろ東京都立大学目黒校舎AB棟間中庭において全共闘系学生約二〇名とデモを行なっていたが、その際学生自治会の立看板損壊に抗議した乙山二郎に対し、手に持っていた竹竿で同人の顔面、ことに眼を狙って突きかけ、その結果同人に右眼失明の重傷を負わせた。被申立人側は経済学部教授会を中心に事実関係の調査を行ない、処分の是非について慎重審議を重ねた結果、申立人の行為は本件学則七四条四号にあたるものとして、昭和四七年七月二四日本件退学処分をしたものである。理性と知性のみが支配すべきはずの大学において暴力が行使された場合には、教育研究機関たるにふさわしい秩序を回復し維持するために迅速適正に懲戒権を行使することが不可避であり、大学側が明白な犯罪行為を拱手傍観するとすれば、それこそ大学の存立基盤を危くすることになる。また、刑事訴追制度と大学内の秩序維持を目的とする懲戒制度とはその制度的目的を異にするから、刑事公判継続中であっても、被告は別個独自の事実認定と懲戒処分をなしうるものである。さらに被申立人は昭和四六年九月二二日申立人を呼出したが、書面を送付してきたのみであったので、同年一〇月五日再度呼出し、直接に申立人から事実を聴取するとともに弁明の機会を与えている。しかしながら、申立人は、右機会においても、また本件事故後本件退学処分に至るまでの間においても、反省の念はまったく表明していない。以上のとおりであるから、本件退学処分は適法であり、その取消しを求める訴えは理由がないことが明らかである。

三  当裁判所の判断

申立人の申立ての理由(1)の事実は被申立人もこれを認めるところである。

ところで、本件退学処分取消訴訟の本案判決が確定するまでには日時を要するため、その間、申立人はその主張のように授業を受けられず、学内施設も利用できず、学年末試験も受けられないことになり、その結果三年生への進級が遅れるであろうことは容易に予想しうるところである。しかしながら、申立人は昭和四五年四月に東京都立大学経済学部へ入学したが、本件退学処分当時も二年生にとどまっていたというのであるから(すなわち、一年間留年か休学をしたことになる。)、このような状況にある申立人にとっては、本案勝訴の判決確定の時まで授業を受けられず、学内施設を利用できず三年生への進級が遅れることになるとしても、それだけでは回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるときにはあたらないと解すべきである。その他本案勝訴の判決が確定することにより学生たる身分を回復することが申立人にとって無意味となるような事由については、申立人の主張および疎明がない。

してみれば、本件申立ては理由がないのでこれを却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 牧山市治 上田豊三)

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